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東京高等裁判所 平成6年(ラ)1168号 決定

《住所略》

抗告人

長倉藤夫

右代理人弁護士

石川悌二

《住所略》

相手方

田中道信

《住所略》

相手方

上倉弘

《住所略》

相手方

門脇泰二

《住所略》

相手方

松尾道雄

《住所略》

相手方

相澤武彦

《住所略》

相手方

横田雄彦

右代理人弁護士

〓口俊二

右同

五百田俊治

《住所略》

相手方

鏡原明雄

《住所略》

相手方

田中信之

《住所略》

相手方

田中孝男

《住所略》

相手方

浅見好信

《住所略》

相手方

増田美明

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  抗告の趣旨及び理由並びに相手方横田雄彦の反論

抗告の趣旨は、「原決定を取り消し、相手方らの担保提供の申立てを却下する。」というのであり、その理由は、別紙一のとおりであり、これに対する相手方横田雄彦の反論は、別紙二のとおりである。

二  当裁判所の判断

当裁判所も、相手方らの本件担保提供の申立ては、原決定が認容した限度で理由があると判断するものであり、その理由は、原決定の理由説示のとおりであるからこれを引用する。

なお、抗告理由にかんがみ若干補足すると、一件記録によれば、抗告人が、本件本案訴訟を提起するに当たり、事実関係を正確に把握するために、会社に対し、事前に株主権を行使するなどして事実関係について相応の調査を尽くしたものとは到底認められず、請求原因の主要部分がほとんど抗告人の推測により構成されていることが窺われ、したがって、本件においては、後に請求原因を変更するなどしない限り、その請求が認められる可能性は低いものといわざるを得ず、そうだとすると、抗告人は、請求が理由がないことを知り、又は知り得べきであるのに、必要な調査もなさずに敢えて本件本案訴訟を提起したもの、すなわち、悪意をもって訴えを提起したものと推定せざるを得ず、本件において右推定を覆すに足りる資料はない。

よって、これと同旨の原決定は正当であり、本件抗告は理由がないから棄却し、抗告費用の負担について、民訴法95条、89条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 町田顯 裁判官 高柳輝雄 裁判官 中村直文)

別紙一

抗告理由書《略》(本誌No.130〔平成7年1月号〕105頁以下参照)

平成6年(ラ)第1168号

抗告理由補充書

抗告人 長倉藤夫

相手方 田中道信 他10名

平成6年12月2日

右抗告人代理人

弁護士 石川悌二

東京高等裁判所

第3民事部 御中

第一、甲4の証拠の評価についての再論。

一、抗告人(原告)は、先の平成6年10月19日付抗告理由書で、甲4の1、のFAXについて、「作成者の名義もなければ宛先もない。FAXにはその欄外に必ず発信人の名称若しくは電話番号、発信時間、枚数、場合によっては相手先の記載が存するものであるが、不思議なことに甲4の1にはそれが全くみられない」ことを指摘してその成立に大いなる疑問を投げかけた。

しかるに、これに対する相手方横田の代理人の答弁はどうであろうか。

甲4の1、の受信原本が紛失しているため、それ自体では発信人、受信日時が明らかに出来ないと言うのである。

では一体、裁判所に提出したそれ自体コピーである「甲4の1」というのは、原本と異なっているとでも言うのであらうか。そんなことはあり得ない。原本自体の「欄外」を何らかの理由によって切除したものとしか考えられない。相手方横田の代理人はコピーには記載がないが紛失した原本にはそれらの記載があったと強弁しているのであろうか。

二、その代りとして相手方横田の代理人は、株式会社東海銀行有楽町支店作成の「株価算定資料の作成の経緯について」と題する疎甲15号証を提出して来た。

甲1号証によれば、甲4の1のFAXは、東海銀行金融開発部より送られて来たものであるのに、「FAXの発信者、発信日時」を証明するためにどうして有楽町支店が証明文書を出さなければならないのであらうか。

しかも、右の支店作成の証明文書は、支店長名もなければ作成者名の記載もないし、支店若しくは支店長印も押捺されていない。ただ、支店の事務処理に通常使用されている「押切判」と称される印が押されているにすぎない。それ故、甲15号証は、それ自体、証明文書としての適格性が存しないと言わなければならない。

甲15号証は、裁判所を侮辱する文書である。

三、更に甲4の1、の内容の社撰さも指摘出来るところである。

甲4の1、の2枚目のアイマリオおよびマリムラコマースの「類似業種比準方式での株価総額(その一)」で類似業種として甲4の2から分類番号87(衣服身の回り品卸売り業)を採用しながら、実際使用しているA、B、C、Dの各金額はその上の分類番号86(衣服、身の回り品を除く卸売り業)の数字を使用しているのである。その計算内容の真実性すら疑いたくなる所以である。

平成3年3月19日の取締役会終了後に、アイマリオ、マリムラコマース両社の株価算定を東海銀行金融開発部に依頼したものが、翌日同部より出来上がってその結果がFAXで送信されたとする相手方らの主張は、にわかに信じ難いことはすでに述べたところである。東海銀行金融開発部という部署は、どういう職務をつかさどるところかつまびらかではないが、60億円にもなる高額の会社買収に当っての最も重要な株価算定について、何の予備知識もない会社の買収価格が果たしていくらが妥当値なのかを算定する作業を、わずか1日で回答すると約束することは、常識的には到底考えられないところである。しかも、そのような重要な回答を一片のFAXの送信で済ますなどの措置は、健全な銀行の運営では有り得ないことだと考える。

四、相手方横田の代理人は、平成6年11月14日付「抗告理由に対する反論」書の第二、の一、の1、で、3月19日には、買収の方向でその推進責任者に田中常務取締役をあてることを承認可決したものであり、買収することを決めたのではない、買収を決定したのは3月22日の取締役会であった、と主張しているようである。

果たしてそうであらうか。

乙第1号証、甲1号証、甲2号証、甲5号証によれば、平成3年3月19日(火)午后4時から開かれた取締役会の第1号議案は「株式会社アイマリオ及び株式会社マリムラコマースの株式買収の件」であったものであり、買収総額60億円の取得可否が審議され、その場で買収金額支払日(第1回平成3年3月25日20億円、第2回平成3年4月初旬20億円、第3回平成3年4月末20億円)までが承認可決されたものである。

そして3月22日(金)午后4時(3月21日は春分の日で休日)開催された取締役会の第1号議案は「株式会社馬里邑と株式会社アイマリオ及び株式会社マリムラコマース発行の株式の売買予約締結の件」であったものであり、同議事録に添付されている「株式売買予約契約書」で翌3月23日に契約締結したい旨を承認可決し、続いて第2号議案「短期借入実行の件」で、前記の買収資金として40億円を東海銀行および富士銀行から借り入れる件を承認可決したものである。

とするならば、両社は株式を60億円で買収することを実質的に決定したのは明らかに3月19日の取締役会においてである。

そして3月23日(土)には両社の株式の売買予約契約を締結し、3月25日は第1回の支払代金20億円を支払っているのである。何故、このような高額な買い物を必要な資料収集もすることなく(とにかく、2社の株式の買い取り価額を60億円と決めたときの資料も、東海銀行金融開発部に株価算定の資料として交付したものも、いずれも1年前の、平成2年2月末日の決算期の決算書類、税務申告書類であったのである。1年間の財務内容の変化を全く無視するというのであらうか。その社撰さ軽率さにはただあきれるばかりである。)かつまた、十分な審議、検討もせずにかくも急いでやらなければならなかったのか、全く理解に苦しむところである。取締役の忠実義務・善管注意義務を履行した行動とはおよそかけはなれたものであったことは何人の目にも明らかである。

五、なお参考のために、抗告人(原告)側は平成3年3月23日(2社の株式の譲渡日、疎甲8号証の第1条。)時点の類似業種比準方式によるアイマリオの株価の算定を試算してみたので、本抗告理由補充書の末尾にその計算明細書を添付する。すでに述べたように、本試算の規準日は、平成3年3月23日であり、その資料は第19期の貸借対照表(乙第6号証)である。甲4の1とは著しくその価額を異にするが、その主たる理由は、国税庁作成の「類似業種比準価額計算上の平均株価表」の平成元年、平成2年、平成3年の株価の違いによる。別の言い方をすれば、「類似業種比準方式」によって算定される株式の評価額は、類似業種の株価の変動によって決定的に左右されるということである。

抗告人(原告)側が類似業種比準方式で算定したアイマリオの1株当りの評価は、40,390円となり、総計60,000株では、2,423,400,000円となる。

第二、株式の譲渡人たる馬里邑側の背信性と相手方ら取締役の善管注意義務違反について。

一、本件のアイマリオの株式の売買は100%の全株式の売買であるので、言うまでもなくアイマリオの会社自体の売買ということになる。そこで必然的にアイマリオの何時の時点での資産、債務の売買かということが問題となり、その規準日を決定しておく必要を生ずる。その記載が必ずしも適切ではないと思われるが、疎甲7号証の第4条、疎甲8号証の第4条、第5条がそれに該当する条項であろう。

右条項によれば、アイマリオについては、平成3年2月末日の同社の貸借対照表に記載された資産、債務によって売買されるものであり、右株式の譲受人たる「三愛」は、右時点で固定された資産、債務を保有するアイマリオを100%の支配下におさめるということになる。

従ってまた、譲渡人側は同年2月末日以降、アイマリオの株式の譲渡日たる3月23日まで、(実際はアイマリオの支配権の譲渡日、即ち疎甲8号証の10条によれば4月6日か。)通常の取引以外の行為による資産、財務内容に変化を加えてはならない義務を負担する(疎甲8号証の第5条)。アイマリオの財務内容に著しい変化が生じた場合は、アイマリオの株式の評価、即ち株式の売買価額が大きく変わるからである。

二、しかるにどうであろうか。抗告人(原告)がすでに指摘したように、馬里邑側は、株式の譲受人たる「三愛」側の取締役たる相手側に何の連絡をすることなく、3月22日に富士銀行から6億7千万円の借り入れを行っているのである(疎甲9号証19頁)。

3月22日とは、どういう日であったのか。馬里邑側は、急拠、アイマリオ、マリムラコマースの株式の売買の話を「三愛」側に持ち込み、「三愛」側は何故か、おおあわてでこれを買い取ることを決定し、3月22日は「株式会社馬里邑と株式会社アイマリオ及び株式会社マリムラコマース発行の株式の売買予約締結の件」を議案とする取締役会を開催した日である。

しかるに、今までに提出された全資料から、この富士銀行からの借り入れについて馬里邑側から「三愛」側に何らかの相談や、何らの連絡がなされた形跡は全く存在しない。それでは、何故、馬里邑側は「三愛」側に何の説明もせずに、敢えてかかる背信行為をなしたのか。その謎は、疎乙第6号証のアイマリオの第19期(決算期、平成3年2月末日)決算報告書から読みとることができる。その流動比率および固定比率はそれぞれ27.34%および8.03%という極端な数字を示している。さらに悪いことに、現金比率は、0.91%と想像を絶する数字を示している。この比率は20%以上が理想とされるものである。

流動比率 流動資産÷流動負債×100%

当座比率 当座資産÷流動負債×100%

現金比率 現金預金÷流動負債×100%

最悪の数字である。アイマリオの資金繰りが、非常に苦しく、その日その日を越すのに如何に汲汲としていたかが想像される。前記乙6号証のなかの第19期貸借対照表によれば、決算期末の流動資産のうちの「現金預金」の項目には、わずか60,577,001円が計上されているにすぎない。年間売上高のわずか、0.33%である。倒産寸前の資金繰りの企業と言っても過言ではない(ちなみに、第20期の貸借対照表では、「現金預金」の項目は1,275,371,339円が計上されており、第19期の約20倍となっている)。

「馬里邑グループ」の一つたる「真理花」が倒産して、これが打開策としてアイマリオ、マリムラコマースの2社を「身売り」してその危機を乗り越えようと画策していた折りも折り、右2社をようやく高値で売る話がうまく進んでいたときに、資金難でアイマリオが倒産したのでは、話がすべてこわれてしまう。それ故、買い手の「三愛」側に相談出来る訳がない。富士銀行に泣きついて、6億7千万円を無理に調達したというのが事実ではなかろうか。「知らぬは亭主ばかりなり」で相手方らは全くこのことに気付かず3月22日の取締役会をいとも簡単に終了させているのである。

この事実に気付いていれば、アイマリオの債務が6億7千万円増えているのであるから、アイマリオの株式の買い取り価格は当然減額されていなければならない。この事実に気付かず3月19日の取締役会で決定した2社の株式の買い取り価額60億円を修正することなく、同日の議案を承認可決したことは、相手方らが善管注意義務に違反していることは明白である。

アイマリオの3月22日の富士銀行からの6億7千万円の借入金が何に使われたかが明白でないので断言することは出来ないが、少くとも債務が6億7千万円増加したのであるから、アイマリオの株式価額は大巾に減額されてしかるべきと考える。しかるに相手方らはこれについて何の討議も、議論もしておらず、譲渡人側に対して、株式買い取り代金減額の請求もしていない(甲第8号証の売買契約書第9条によれば、その場合は譲渡人側は株式の譲渡価額の変更に応じなければならないことになっている)。株式評価を依頼した東海銀行金融開発部にも連絡していない。おそらくこれらのことから判断するならば、相手方らは、甲第9号証が作成されるまで、この事実を知らなかったのではあるまいか。何らの対応もしていない事実からみる限り、そう判断せざるを得ない。相手方らの無能、無策ぶりにはただ唖然とするばかりである。

第三、「三愛」は「馬里邑グループ」に総額いくらの金員を支払ったのか。

一、アイマリオ、マリムラコマースの2社の株式買い取り代金として60億円が、支払われていることは争いのない事実である。相手方田中道信をはじめ相手方全員は、総額60億円の支払いですべて完結したと思ったにちがいない。ところが実際には、その他にその43億円余の金員が「馬里邑グループ」に支払われなければならない事実を知ったとき、この買いものは、想像外の高い買いものであったことを相手方ら全員は思い知らされたはずである。

二、乙第6号証のアイマリオの第19期の決算報告書の中の勘定科目内訳表の12頁の流動負債の関係会社借入金債務の項目に馬里邑協団(株)からとして、3,462,143,763円が計上されており、さらに仮受金債務の項目には同じく馬里邑協団(株)からとして、442,434,571円が計上されている。アイマリオの馬里邑協団株式会社に対する債務の合計額は3,904,578,334円に達していることになる。

これが乙第7号証のアイマリオの第20期(決算期日を変更して半年の決算書となっている。)決算報告書の貸借対照表および附属勘定科目内訳書の短期借入金、仮受金、長期借入金の項目では馬里邑協団株式会社に対するものとしては一銭も計上されていない。このことは、第19期以降、第20期の決算期日たる平成3年8月31日までの間に、右の金員3,904,578,334円が弁済されたことを意味する。さらに不可思議なことは、右の第20期の勘定科目内訳表の1頁の短期貸付金の項目に、馬里邑協団株式会社に396,736,355円が計上されていることである。アイマリオは、馬里邑協団株式会社から39億円余の債務の弁済を強いられておきながら、それに上乗せして396,736,355円の貸付けを行っているのである。どうしてそのような貸付けをしなければならなかったのか理解に苦しむところである。余程、何かの弱味でもにぎられていたというのであらうか。ともあれアイマリオは、馬里邑協団株式会社に対して、以上の3つの費目で合計4,301,314,889円の金員を支払っていることになる。

結局、「馬里邑グループ」は2社の株式売り渡し代金60億円と右の43億円余の受領によって合計103億円余の現金を手中に収めたことになる。これに反して「三愛」は60億円の株式の買い取り代金と、弁済金・貸付金として43億円をアイマリオを通して「馬里邑グループ」に支払ったことになる。

43億円余のアイマリオからの「馬里邑グループ」への支払いは、アイマリオが100%の「三愛」の子会社であってみれば実質的には「三愛」の支払いとなる。しかもその資金の調達は、すでに抗告人(原告)が指摘しているように「三愛」の保証のもとに、アイマリオが金融機関より借り入れを行ったものである。何のことはない、この取引は、「三愛」が金融機関に保証をして、アイマリオが資金を借り入れ、これを馬里邑協団株式会社に弁済若しくは貸し付けの形式で43億円余の金員を支払ったとの構図が読みとれる。結局、「三愛」は、この2社の株式の買い取りによって「馬里邑グループ」に合計103億円余を支払ったことになる。これが、わずか3日、4日のうちに実行されたドタバタ劇の結末であった。

三、馬里邑グループはこれによって危機を乗り越えたが、「三愛」は60億円の支払いの他に43億円余の支払いを余儀なくされてほぞを噛んだにちがいない。相手方らの忠実義務違反、善管注意義務違反の事実は明白である。

どういう理由でアイマリオが馬里邑協団株式会社に396,736,355円の貸付けを行ったのか、判然としないが、よもや担保などとっていることなどあり得ないであらうから、背任の可能性すら感じとれる行為である。

四、アイマリオの株価を100倍以上に評価してアイマリオを超優良企業に仕立て上げた東海銀行は、アイマリオに融資するときには、その金が「馬里邑グループ」に弁済されることを十分知っており、かつ、「三愛」の保証をがっちり取り付けていることからみれば、この一連のドタバタ劇の最初から最後までのすべてを見透しておったものと思われてならない。

第四、「純資産価額方式」によるアイマリオの株式の評価について。

一、抗告人(原告)は、抗告理由書で本件のアイマリオ、マリムラコマースの株式の評価に当っては、その過少資本性、アパレル業界の特殊性、会社の業務すべてを馬里邑協団に委託していて企業としての当事者能力を持ち合わせていないこと等を指摘して、類似業種(または類似会社)比準方式が適さないことをすでに述べたところである。

この類似業種(または類似会社)比準方式は、当該評価会社と上場されている類似会社の1株当りの配当、純利益、純資産を比準して株価を算定するものであるから、資本金3,000万円という過少資本金の右2社の株価算定にはこの比準方式が適さないことは明らかである。

本件では「純資産価額方式」が最適と考える。

二、「純資産価額方式」による評価額の計算方法は、単純化して言えば

〈省略〉

ということになる。

総資産について言えば、資産の算定に当っては、土地等の含みを考慮して時価に評価して計算すべきであるとし、負債については、貸倒引当金、退職給与引当金、納税引当金、その他の引当金は含ましめないものとされている。いまこれを、乙第6号証の貸借対照表の数字から抜き出せば、〈1〉総資産は9,366,254,797円となり、〈2〉負債の合計額は8,270,470,081円となる。負債の中に〈3〉法人税等引当金92,088,099円と〈4〉賞与引当金138,000,000円があるので、これは負債の中から控除する。〈5〉有形固定資産の中に建物付属設備費として1,002,036,397円が計上されているが、これは店舗の造作、間仕切り等と考えられるので、実質的には時価評価を簿価の半額とみるのが妥当であろう。

右の数字を、前に示した計算方式に当てはめてみると、

〈省略〉

ということになる。

三、右の純資産価額方式の原則的計算方式を用いて算出した数字は、極めて単純化した計算で出した数字ではあるが、真実に近い数字であると確信する。純資産価額方式によればアイマリオの1株(500円額面)の平成3年2月末日時点での価額は13,747円となり、これをアイマリオの全株式60,000株に当てはめてみると総額824,820,000円となるに過ぎない。

類似業種比準価額等の計算明細書 《略》

別紙二

平成6年(ラ)第1168号

抗告理由に対する反論

抗告人 長倉藤夫

相手方 田中道信

外10名

平成6年11月14日

相手方横田雄彦代理人

弁護士 〓口俊二

同 五百田俊治

東京高等裁判所第3民事部 御中

第一、原決定の判断は正当である。

一、株主代表訴訟であっても、訴を提起するに当っては、それ相当の根拠と責任をもってしなければならないことは言うまでもない。請求の主要部分をすべて推定ないし空想で組み立て、相手方が一生かかっても払い切れないほど高額な訴訟を仕掛けることが許されるであろうか。原告としては、印紙代も安く、敗訴することは原告の自由であるから気軽に訴訟を起こせるが、訴えられた相手方は深刻な精神的打撃と苦痛を受け、応訴のため現実に相当額の応訴費用の支出を強いられることになる。

事前になんらの調査も行わず、訴訟が係属し、進行してゆけば、そのうちに何とかなるのではないかといった無責任な考えで訴訟を提起するのは、まさに、訴権を不当に行使したものと言うほかはない。また、訴訟の提起によって相手方に損害を与えることを知っていたか、知らないことに過失があれば、その訴訟は不法行為に当り、原告敗訴の場合、被告が原告に対し不当訴訟によって受けた損害の賠償を請求することができる。

二、本件訴訟はその主張自体から判断して、原告の請求には一応の根拠すらなく、原告としては〈1〉被告らが取締役として必要な注意義務を怠り、〈2〉会社に対し、2社の株式の買収価格と額面額の差額に相当する損害を与えたとする主張を立証することは全く不可能であり、請求が破棄される蓋然性が極めて高いと言わざるをえない。

〈1〉については、購入の意思決定までの期間が短かかったからといって購入価格が不当と認める根拠とはならず、かえってこの間、被告は株式会社東海銀行の専門部による株式の評価を受けて買収価格の相当性を確認したことを立証することができる。(疏甲1ないし9号証、本日追加する疏甲15ないし17号証)。

〈2〉の点は原告の主張自体非常識とも言うべきものであって、原決定が指摘するように、株式の正当な売買価格を決定する際に株式の額面は通常殆ど参考にならないことは公知の事実であり、また、その属するグループ企業の一員が倒産したというだけで当該会社の株価がせいぜい額面程度のものになるとの経験則もないのである。

三、原決定は、原告が以上のような事情を認識しつつ敢えて訴を提起したと認められるときは、「悪意」に基づく提訴として担保提供を命じうると解するのが相当である、と判示したが、もとより正当である。

担保提供を命じることが代表訴訟の提起に対して抑制的に働くとしても、代表訴訟は株主の乱訴や不当訴訟を奨励するものではないから、本来の制度の機能を不当に制限するものではなく、このような訴訟によって現実の危険に曝される被告の立場を公平の見地から考慮した担保制度の趣旨に適うものと言わなければならない。

第二、甲4の証拠の評価について

一、抗告人の誤解

1.抗告人は「甲1・2によれば翌3月19日の取締役会で総額60億円で買収することを決めたことになっており」というが、3月19日には、「買収の方向でその推進責任者に田中常務取締役をあてること」を承認可決したのであり、「買収することを決めた」のではない。

買収を決定したのは3月22日の取締役会であった。

2.甲4が訴外会社にもたらされたのは、3月20日ではなく、ずっと後のことではなかろうか、という抗告人の推定も的外れである。

したがって、3月19日の取締役会で買収を決定したことを前提とし、その時点では甲4が到達していなかったから、何らの資料もなしに買収を決定した点に被告らの忠実義務違反があるとする抗告人の主張は全く理由がない。

甲4の受信原本が紛失しているため、それ自体では発信人、受信日時が明らかにできないので、株式会社東海銀行有楽町支店作成の「株価算定資料の作成の経緯について」と題する書面を疏明書類として追加する(疏甲15号証)。

右疏明により、甲4が3月22日最終決定の前である3月20日FAXで疎外会社に到着したことは疑問の余地がない。

3.甲4の1は国税庁の基本通達による類似業種比準方式で株価を算定している、とする抗告人の理解も正しくない。

甲4の1は、5種類の株価算出方式を示している。〈1〉類似業種比準方式で比準業種を「衣服身の回り品卸売業」とした場合〈2〉同じく比準業種を「小売業」とした場合〈3〉同じく「その他小売業」とした場合〈4〉類似会社比準方式で鈴丹(東証1部)・エルメ(東証1部)・キャビン(大証1部)・オンワード樫山(東証1部)を比準会社とした場合〈5〉株価収益法により〈3〉の会社と比準した場合、がこれである。

相続税財産評価に関する基本通達第8章第1節179・180の類似業種比準方式によるのは、右のうち〈1〉〈2〉〈3〉であり、〈4〉は比準方式ではあるが山一証券方式といわれるもの〈5〉は収益還元方式といわれる手法である。

二、買収価額の妥当性

1.本件訴状によれば、訴外会社は買収価額60億円と額面総額5400万円との差額59億4600万円の損害を受けたと主張されているが、抗告人は抗告理由の末尾で「アイマリオ、マリムラコマース2社の平成3年3月20日当時の財務内容を入手し、本件に最も適切な非公開株式評価の算定方式を採用して、客観的な買い取り価額を算出できれば原決定が指摘した(中略)点は十分克服出来るものと考える。」としている。

このことは、抗告人が言外に、額面との差額をもって訴外会社の損害とする訴状の主張が立証不能であることを認め、改めて相当な株式評価により、請求原因事実の訂正と立証をしたい、ということであろう。

原告の悪意は訴訟を提起した時点で認定されるべきものであるから、後日の修正によっては、原判決が指摘した「請求原因事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由がある」という点を克服することはできないのである。

なお付言すれば、原告は訴訟を提起する前に、株主の質問権や弁護士法による照会請求権などを行使して、被買収会社の資料を入手し、訴訟提起の可否、損害額に関する主張の組み立てなどを検討すべきであった。

2.抗告人がアイマリオ・マリムラコマースの財務資料を入手してこれらの株価を算定したとしても、買収価格60億円を下回る価額を算出することは不可能に近いであろう。

なぜなら、甲4の1による前記〈1〉ないし〈4〉の方式による評価(最低額)を2社合算すればつぎのようになる。

〈1〉83億760万円

〈2〉66億400万円

〈3〉65億6880万円

〈4〉76億5540万円

〈5〉131億77万円

つまり、いずれをとっても60億円を下回るものはなく、類似業種比準方式、類似会社比準方式、収益還元方式はいずれも相当な根拠をもっており、経済社会において広く妥当性を認められる方式だからである。

また、甲1によれば、アイマリオ・マリムラコマースはいずれも勝れた業績・ノウハウを有する優良会社であり、特にアイマリオの店舗数は全国に180以上に及び、これを新たに開設すると仮定すれば100億円近い資金を要するなど、訴外会社にとって種々のメリットがあるのであるから、甲4の1の各種株価評価を下回る60億円の買収価額は妥当であったといわなくてはならない。

疏甲16の1 アイマリオのパンフレット抜粋

訴外会社による株式買収後に作成されたもの。

甲16の2 アイマリオ店別住所録

買収に当って入手したもの、店舗数は200を超える。

甲17 マリムラコマースのパンフレット抜粋

訴外会社による株式買収後に作成されたもの。

3.抗告人は、相続税基本通達による類似業種比準方式を非難するが、この方式は単に相続税で使用されているだけでなく、経済界の実務上広く用いられている方式である。たしかに、比準する対象を「業種」とする点でケースによってはその正確性に疑問を出されることもあるが、この点を是正するのが類似会社比準方式である。

甲4の1によれば、〈4〉の類似会社比準方式による76億5540万円は、〈1〉〈2〉〈3〉の平均71億6013万円より高くなっている。

また、株式の買手がそれを買うことによって100%支配権をもつことになる場合は、〈5〉の収益還元方式も妥当性があるとされており、その2分の1に満たない60億の買収価額が安すぎることはあっても、決して高すぎることはないのである。

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